2012年04月24日
偏狭読書情報
最近は少し不調気味で、集中力、思考力共に落ちてるなぁと自分でも理解してます。元々集中力なかったとも言いますけどね。
自分は決して病気になってるわけではない、と頑なに信じているのですが、それでもときどき精神的な疲れから、将来や近い未来についてネガティブな想像をしてしまったり、それがずっと尾をひきずって、どこまでいっても粘着する感覚にさいなまれる、という状態になることがあります。今まで38年間、こんな状況は体験した事がなかったけど、結構体力を使うものですね。
そんななか、時間はあるので読書に勤しむ日々ですが、なかなか読みが進みません。ゆっくり、気長に、一つ一つの文章を楽しみながら読める本に限定して、今を過ごしています。
●ロンメル将軍 / デスモンド・ヤング
淡々とした写実調の語り口で、ロンメル将軍の実績について歴を追って調べていく史実小説。僕は戦記ものではロンメル将軍に今フォーカスが当たっており、いろいろ付帯文書を探し回ってるところです。
この小説では英米兵から如何に敵軍のロンメルが支持されていたか、そのカリスマ性をしっかり味わえ、世界大戦中の現場の動き方がいろいろ見て取れます。
●こころ / 夏目漱石
何故今更!な大普遍小説ですが、教科書で読んでいらい、未読でした。というか教科書ってものすごくはしょられていたのですね・・・。1/5程しか載ってなかったんですね。
教科書でしか読んでない人はまだ結構居るのではないかと思います。が、これは通しで全部読む事をオススメします。先生と私の関係性や東京と実家との距離、そういうものを踏まえて先生が手紙を送るのです。前編の準備があるからあのシーンにカタルシスがあるのに、教科書は美味しいところ取りで逆に味をシンプルにしてしまってます。まあ、仕方ないのでしょうが。
やはり読んでおいて間違いのない、安心して読める私小説です。
●春の雪 / 三島由紀夫
こちらも何故今更!第二段です。三島ファンの中でもこの4部作読んでる人、実は周りであまり居ない気がします。相当代表作なのにね。今春の雪を読み終わったところですが、これから奔馬につながるこの輪廻感がたまりません。そして相変わらず言葉の的確美麗ぶりが金閣寺以上に炸裂。なんでそこでその単語!それしかないのか!とカウンターパンチを貰う端整で非の打ち所のない文体。これぞ三島ワールド。とっつくのに時間が掛かる場合がありますが、一度味を占めたらどこまででも読んでしまいます。
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2012年04月18日
瑕瑾の省察
1992年4月、僕ははじめて東京に上ってきました。
と、言う事は、今年の4月で、上京してから丁度20年が経ちました。
その後2000年に一度里帰りを2年ほどしていましたが、再上京したのが2002年4月。ここから数えても丁度10年。
下一桁がxxx2の年の4月には、僕は新しい心持で都(みやこ)に上ってきていました。
いつも新しい感情、気持ちで溢れ、チャレンジ精神に満ち満ちていました。
1992年は受験生として、荒川区の寮で勉学に勤しむために。
2002年は社会人として、新たに勤めるシステム会社のディレクターとしての職務を果たす為に。
で、今年は?
いろいろあって、今はおとなしく体調を整えながら、リハビリテーションの日々です。
10年前、20年前にこの今の状況を想像していたでしょうか?否。
20年前も10年前の状態も想像できてません。なんで英文学を専攻してシステムディレクターになってるんだ。
とはいえ、やはり今の状況は、20年前と変わらず、新たに挑戦する意欲に溢れ、自分の方針と今後の道筋のために、全力を尽くす準備を始めているといっても間違いない。どのようにチャレンジするか、というテクニカルな部分は、コアが動くまで様子見にはなっているけれども。それ自身も我が人生。
この次の2022年4月、自分は今度はなにをしているのか。何にチャレンジする為に、どこに突っ込んでいくのか。
僕にとってxxx2年4月は新たに事を興す時期なのです。まだまだ、これからです。
10代の若さは既にないし、20代の柔軟性もない。けど、積み重ねてきたものはある。そして、まだわずかながらの若さと柔軟性も残っている。このバランスをどう武器として、次を切り開いていくかだ。
うん、何とかなる。
写真は新宿御苑の内池。桜の咲くころには、いつも新宿に出向きます。
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2012年04月13日
折花欅柳
「折花欅柳」というタイトルとは似ても似つかぬ毎日を送ってます。日々静養。静かな毎日です。
とはいえ、ただ寝ているのではなく、ふつふつと明日へのエネルギーを貯め、また鍛えるべきを鍛える日々、に変容しつつあるな、と最近は感じます。これが春の陽気の力なのでしょうか。
桜の前では流石の僕も謹直の面持ちです。
自分の淵源を振り替えって、心穏やかにいきたいものです。
そうそう、4月の頭に長野に行って来ました。身体と心を休めました。
この辺りの長野旅行から、また気運が変わってきた気がします。人に会う事が多くなり、会う機会を自ら作るようになり、何かのプロダクトが生まれる、そういうスパイラルの端っこにまた入れた気がしています。ちょっとの間お休みしてたけど、まだまだ僕自身はその世界でやっていかないといけないのだな、と自覚しました。うん、がんばる。
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2012年02月28日
42歳までに知ることになる、22歳の自分に教えてあげたい12のこと・10~12
ずっと前にやり始めて、終わらせてなかった。コレです。
42歳までに知ることになる、22歳の自分に教えてあげたい12のこと・1
42歳までに知ることになる、22歳の自分に教えてあげたい12のこと・2
残り3問ほったらかしのまま、1年近く経っちゃいました。ごめんなさい。
10. 友人とのつながり
それは今でも大事にしてると思う。つか、大事にしすぎ。むしろ依存。
依存と大事にすることはまるで違う。それに気づくのはだいぶ経ってからなんだよな。
曰く「金の匂いがしない」「金を信頼して任せる気がしない」といわれる僕ですが、それはそれとして、損得や見得と関係ない、信頼の置ける関係性、それだけを基調に生きてきたといっても過言ではない。
もちろん僕だって人間だし、更に言うと駄目人間の部類にずぶずぶに浸ってしまう側の人間だから、繋がってもらえてる相手側からしたら迷惑な話かもしれないけど。また大事にしてると思うのは自分の自己満足かもしれないけど。約束守ってるとはあんま思えないし。義理果たしてるとも思えないし。どう見ても大事にしてるとは言いがたいかな。駄目じゃん。わはは。まあ、良いか。
でも、人と接する中で、大事にしておかないといけない意識、は持っている自覚はある。
それは、思いがけないほど、人は傷つくし、復活に時間が掛かるし、プライドがある、ということ。
22歳の自分に言いたいコト。君のプライドやバランスとは他人は違うから、「自分だったらどうするだろう」でモノ考えちゃだめ。全く当てにならないから。君の考え方、良くも悪くも人と違うから。人はもっとお金を大事にするし、身の回りのことに丁寧だし、適当じゃないから。君の100万倍丁寧だから。
あとその寂しがりの癖。他人はもっと自立してるから。自分が寂しいから他人も寂しいだろうで判断すると、距離感誤るぞ。
11. 給料が高いだけの理由で仕事を引き受けてはいけない
そもそも給料の高い仕事を引き受けたことが(以下略)。
給与、お金、というものに対して、それは「大きくなってから結果として自分に帰ってくるだろう」という意識を持っていた。持ったままはや30代後半。いい加減、返ってこいよ。そもそも大きくなってから、なんて自分が成長する前提で考えてることがおこがましい。
そして、その考え方が、間違ったことをしていたとは思わない。でも、もう少し早くリターンを得るコトを意識しても良かったんじゃないかな、と思う。得たリターンを更に自己成長に使うサイクルをまわしていれば、少しは変わった成長を遂げられたのかもしれない。その意味で、22歳の自分には、もっとお金にがつがつしてもらいたい。
全く何も出来ない自分として、今と昔、代わらない武器といえば唯一つしかない。回復力、それだけだ。22歳の自分はその武器に早く気がつけ。フットワークが軽いなんてニンマリしてる場合じゃない。もっと軽く、もっと傷つけ。おまえは傷ついてもすぐ復活できるのだから。びびってんじゃない。そして馬鹿だから。修羅場に入って傷つく以外の方法では何にも気がつかない馬鹿だから。もっと動け。死にそうになれ。馬鹿だからすぐ復活できるから。それだけだから、君の能力。もっとその長所を生かせ。そして、そのリターンを死に物狂いで手に入れろ。
タイトルとむしろ真逆のような結論だけど、実際はそんなに間違ってないと思います。
12. 信用はしても確認をする
あー。無確認野郎。これは今でも直さないといけない。信頼する=確認しなくていい、いいじゃねえか俺とお前の仲なんだから。これすごい危険。そして何より怖いのが、まだこれで痛い目を見てないこと。20代で痛い目見るのと40代で痛い目見るのは大きく違うという認識はあれども、まだこの怖さを肌身で感じてないゆえ、どこかで裏切りやねたみそねみひがみといった信頼を転覆させる事変が起きる可能性がある。それは22歳の自分どころか、今の自分にさえ言い聞かせないといけない。
確認をする。それだけでいろんなことが解るんだ。その一言だけ。それだけを22歳の自分に伝えます。それ以上は、僕もいえない。一緒にこの世の中で勉強していこう。
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2012年02月21日
偏狭読書情報
【デジタルリーダーシップ】
これからの企業は、顧客をはじめとしたステークホルダーとどう付き合っていくか。何を発信していくか。そしてエンドユーザーからは草の根のようにブログやツイッターで発信される企業評価に、どうやってレスポンスを返していくか。今までのようにリリースを出したり声明を発表したりするだけで自分達を規定できない世の中になってきて、「周りがどう自分達を規定するか」をコントロールできない中で存在義を見出さないといけない。そのコミュニケーションツールとしてのFacebookやブログといったアイテム。コミュニケーション担当、フロントマンの役割が、これまでとは全く異質になってきた、その事を事例を通じて理解できる本でした。
【金閣寺】
文学部卒業生なら当たり前に読んでろよ、という基礎素養ですが、なぜか今回初読。文章が綺麗。そして広辞苑をひきながらその文章力に耽溺してみたのですがこれがまた素晴らしい。面白い。ここではこの言い回ししかない、この単語を使うしかない、という適切な語彙配置の美しさに感動するのです。内容は童貞をこじらせた自己肥大青年の独白なのですが。それがこんなに美しく奏でられると、思わず共感してしまいます。安定した将来を壊しつつある僕も、何か永遠なるシンボルを燃やさなければ、と思いました。いやだからって陰毛に火をつけません。永遠のシンボルってそういう意味じゃない。
【族長の秋】
おまえ本当に文学部生か。ガルシアマルケスすら読んでないとはあまりに文学的素養がなさすぎる。というわけでこれまた初読。圧倒的に素養が足りないことを自覚する38歳なのです。
些細なエピソードですが、その昔僕が大学生だった頃、親しくしてくれた東京外語大の、一つ年上の先輩が居ました。見た目チンピラな風体も似合う、世の中を煙に巻いたような飄々とした兄貴分でした。「ヤス兄い」と僕らは呼んで、それこそくだらない遊びを沢山やってきたのですが、この本を読むと彼を思い出すのです。
彼がこの主人公に似ている、というわけではありません。もっとすごく単純な理由。このヤス兄いと僕、そして女の子二人で何泊かの旅行に出かけたことがありました。94年の夏。河口湖畔でした。暑い日ざしと爽やかな風が吹いていました。コテージに着き、たゆたう時間が過ごせるような環境になったとき、コテージ脇の、日当たりの良いベンチで、煙草(しかもPeace!)をふかしながら、彼がこれまた飄々と、この本を読んでいたのです。
その姿のあまりに文学部生らしかったこと!文士とは、文学の徒のあるべき姿はこれだ!と僕はそのとき勝手に思ったのでした。
裸になって走り回ったり、あまり大きな声では言えない草に火をつけて吸ったりした悪い先輩と後輩の僕達でしたが、明らかに、彼には、文学の素養があった。大量の文章を咀嚼した上で、悪さをしていた。
悪さと文学は関係ないじゃないか、と思う向きもありますが、僕にとっては「悪さ」=「文学」なのです。生きることに脆弱な僕は、一つ一つの反社会的行動に反芻的意味を付加していかないと納まりがつかないし、そのためには適切な語彙の力、物語の力、本質の力を借りないといけないのです。
だったら反社会的行動しなきゃいいじゃないか、ともなりますが、そうなると今度は自分の中の語彙が、物語が、本質が、自由に行動できないために消化不良をおこすのです。なので、これからも反社会的に行動するのです。陰毛に火をつけたり。
そんなわけで、僕は、今でも彼に憧れるのです。そしてそれを思い出しながら、この本を読むのです。
そして全く本の紹介になってないのです。
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2012年02月17日
わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり
ちょっと不調期を過ごしてました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
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2012年01月13日
一日中、川を眺めていて気がついた5つのこと。
一日中、川を眺めていました。
なかなかこの年になって、自発的に「よし、今日は一日川辺でごろ寝しよう!」と時間を使うことはできませぬ。とはいえ、一日テレビ見てたり、一日ネットしてたりする事はできる訳だから、川を眺めることも出来ないわけじゃないんだけどね。
でも、電子機器からも完全に離れて、ぽえーと川を眺める一日を過ごすというのも、たまには悪くない。サイクリングして良い汗をかくわけでもなく、誰かを思って手紙を書くわけでもなく、機械をいじって何かを生み出すわけでもなく、パーティで楽しい時間を過ごすわけでもなく、ただ堤防でごろ寝する。ありがたくもこのような時間を用いて安らぐ事が使命の身、腰をすえて時間をもてあましてみようじゃないか。
PCも電話も何も無い状態で、川辺で過ごすという一日から、僕が気がついたこと5つ。
1・何も気がつかない。何も変わらない。
いきなり前提を覆しますが、5つどころか1つも気がつくことはありません。ただの川でした。
そうそう。たゆたう川を一日中眺めてたからといって、何か悟ったりするわけじゃないのですよ。
無駄なのです。無駄な一日なのです。なにも気づく訳がないのです。だって寝てるだけだもん。
何か悟ろうと思ってごろごろすること自体がさもしいのです。
でも、その無駄がとても有難い。そして大事だという事だけはなんとなく解るのです。
30年以上、乱暴に扱ってきた僕の身体は、こういう一日を重ねるたびに楽になっていくのです。
2・寒い・眠い・腹減った。
当たり前だが、川辺は寒い。そして一日中堤防に居たら、当然腹が減る。そして暇な時間は眠くなる。
こんな当たり前の事に気づくのも実際に体験してみたからこそ。うむ。
そして人間の身体の三大苦は飢餓と寒さと睡眠不足。という事をフィジカルに納得。
いや、この苦しみは例えば戦時中とか、そういう時に使うもので、本当の意味での苦しみは千分の一も経験してないですし、言うのもおこがましいレベルではありますが。
でも、結局、人間の「いやなもの」はそこに行き着くのだな。とも思いましたです。はい。
暇で眠くなるのはむしろ心地いいくらいなんですけどね。
3・人間誰もそんな変わらん。すごい人もえらい人も居らん。
僕が一日眺めてたのは旧・江戸川。大き過ぎず小さ過ぎずな、日本に良くある一級河川でした。
でも、当たり前だけど、飛び込んだら、うん、死ぬ。
そしてこのレベルの川は世界中に何千とある。
どこにでもあるレベルの、この川の流れを変えたり、止めたりする事すら、誰もできないのよね。
川に対して、人間の非力さよ。
何がTPPだ。何が大阪都だ。小さいことじゃないか。
そう思うと、ああ人間ちっぽけである。とまた悟った風な事を考えてしまうのでありました。大阪都が何なのかもわかってない癖に。
この、どこにでもある川を、ストップさせたり流れを変えたりすることの出来る人間なんて誰も居ない。その意味で、すごい人、えらい人、というのも、際限があるものなのだな。また、川の流れと関係なく、自分にとって尊敬したい人、は必ず居て、大事にしなきゃいけないのだな。そんなことを不遜にも考えてしまいました。
また、それでも時間をかけて知恵をかけたら運河を作っちゃったり出来るのも人間なのよね。
人間×時間×知恵。これは力があるものなのだな、とも思ってしまったり。
4・夜の川は怖い。
暗くなってからの水辺って、とっても怖いです。
そして急激に気温が下がります。なんだろう、この感覚。
川が流れてるときの音もなんとなく違うように聞こえてきます。
水辺は運気が悪いとか良いとか、オカルトチックな事も言われる事がありますが、ちょっとだけ信じたくなるような流れの変わり方を感じました。うん、水って人間の生き方を飲み込んでしまいそうなのね。
5・暇ってとても重要。
何もしない時間って、非常にクリエイティブです。
人生10のうち何もしない時間を5使って、残り5で何かをしたほうが、10を使って全力で事を成すよりも効率がよさそう、という事です。全身全霊政治生命と進退を賭けて次の総選挙に向けてこの偉業を成し遂げます!というより、半分ポケーとするから残りで面白い事するよー、の方が、結果としてアウトプットするものの量も質も良くなるものだとフィーリングしました。ええ、根拠ないですが。根拠っぽいものは川の流れが教えてくれたのです。
そんなこんなでジャパニーズサラリーマンらしからぬ一日。誰だ「あのおじちゃんどうして会社に行ってないのー」と幼女に指差されてる、公園でブランコ乗った中年のようだとか言ってる奴。
というか、今冷静に傍から見たらまるで変わらないな。そして本質的にも変わらないな。うむ。悟ってしまったぞ。
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2012年01月11日
新宿
僕が富山から上京してきたのは1992年。今から丁度20年前だ。
この間、ほんの少し地元に戻っていた事はあるけれど、概ね東京か、その近隣で生きてきた。
いろいろなところに住処を構えた。荒川区西日暮里、今は無き保谷市柳沢(現・西東京市)、文京区目白台、千葉県市川市。
上京した当時、東京を象徴する都市は「新宿」だった。僕にとっては新宿を自由に活動できることが東京人としての粋なんだと思っていた。
当時の新宿はまだ副都心も出来ておらず、まだまだこれから発展する気概に溢れ、またバブルが終わる寸前でもあったため(経済学的には終わってたらしいが、まだまだ浮かれていたように思う)、おどろおどろしいほどに華やかできらびやかだった。狂乱の宴ここで行われり。五木寛之の「青春の門」や筒井康隆の東京論、ゴールデン街での乱痴気話に憧れた身、北陸の奥田舎・富山から出てきた若造にとっては、これ以上の刺激的世界は考えられなかった。
(とはいっても、軟弱な若者が行ける新宿なんてゲームセンターやマクドナルド、新宿書店くらいしかなかったんだけどさ)
大学時代は池袋から新宿がホームエリアだった。デートの待ち合わせはいつも高田馬場駅前ビッグボックスだった。新大久保で深夜の飲食店バイトにも精を出した。煙草臭い新宿の雀荘で寝泊りしたこともある。ギラついてネトついた僕らのバイタリティは新宿近辺が大体発散させてくれた。渋谷や六本木は、どちらかといえばライバル大学のホームタウンだったので、なんとなく敬遠していた。勝手に僕らがそう思ってただけだが。
でも、代々木を越えるとケバだたしさが明らかに薄れていた。六本木・渋谷は、成熟した大人か、または高校生や中学生の街、僕らバイタリティだけの塊である大学生にとっては似つかわしくない街だった。当時はまだITという言葉も無く、渋谷が急成長して今の姿になるよりずっと前だった。マークシティは影も無く、渋谷パンテオンがランドマークだった。
こう書くと「山本さんは昭和初期の人間だから」と言うヤカラが必ず居るので、何度も言うが僕は90年代以降の東京しか知らん。東急にロープウェイが通ってたのとか見たこと無いから。安田講堂事件とか三島割腹とか生まれてないから。知らんからね。
話を戻して。
先日、そんな新宿に久々に出かけてきました。
今も変わらず新宿の街はケバだってると感じることはあるけれど、ある意味、落ち着いた、と思いました。90年代初頭に感じた新宿の勢いは、その後渋谷に行き、秋葉原に行き、今は墨田・・・に行くのかな。勢いは移ろいで行くものと思いますが、とうの昔に嵐が過ぎ去った街。そして静かに、でも個性溢れる豊穣な街。新宿は、過去に栄華を誇った街のたたずまいを、節度をもって守っている街、と感じます。
写真は、夕暮れとスタジオアルタ。
アルタといえば待ち合わせ。新宿東口は90年代の上京モノにとってのランドマークでした。スノッブで悪かったな。田舎モノと言いたければ言え。
立ち並ぶものはそれほど変わってませんが、それでも、空気はやはり違いました。あの時には感じられなかった、清涼な風が新宿に流れてました。うん、もっとギトギトギラギラした油臭い新宿は、もうないのですね。
・・・あれ、それだけじゃないや。MyCityってもう無いんだっけ。掲示板にXYZとか書いてない?ヴァージンメガストアもないんだっけ。
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2011年12月30日
今年見た映画・読んだ本 トップ10プラス1
2011年もあとほんの少し。僕自身も、日本も、世界も、激動の一年でした。
身辺に不幸や悲しい出来事は(もちろん、震災という大きな出来事の中では様々ありますが)少ない一年でしたが、自分自身では、いろいろな事が大きく動きすぎて、自分のバランスを取る為に、どのようなスタイルを保つか、非常に難しい一年でした。
そんな中、自分の胆、礎を落ち着かせてくれたのは、やはり映画や音楽や、本。時間を割いた分量、心を動かしたボリュームで言えば、今はそこにWebサービスも入ってくるのでしょうが、とりあえず今年一年の中で、僕が思うところのあった作品を・・・。相変わらず流行を無視して古いものばかりですが。特に今年は冒険モノ、ミステリーモノに大きく舵を切って没入した一年でした。
とりあえず、順不同で10作品!
そして、一昨日亡くなった書評家・内藤陳さんに敬意を表して。
【おとうと】
家族モノはあまり見ないのですが、釣瓶の演技力に見惚れました。釣瓶の演じる弟の姿に、様々な人が重なって、ああ、愛すべき人にぼくは囲まれて生きてきたのだなぁと改めて実感しました。え、僕自身がこのキャラだって?
【レスラー】
齢三十も後半になってくると、「オレの全盛期はまだまだこれからだ」と嘯く声もほんの少し弱ってしまいます。いやいやまだまだ僕はこれからのオトコですけどね。そんな声と真逆の作品ですが、全盛期を超えた(と表現される)男の愚直な生き方。身体がガタガタになりながらも、自分の死に場所を自分で決めた気になって倒れこんでいく男の物語。しぶとく生きるより、華々しく散りたいのですよ。わかる。うん。オトコって、馬鹿ですね。上記「おとうと」もですが、どうも最近オトコの馬鹿さ加減を愛してやまない気がします。
【昭和残侠伝】
馬鹿なオトコモノ三連発。池辺良がヤニ臭くてかっこよすぎます。高倉健はお決まりの、我慢して我慢して我慢して最後にオトコを魅せて散っていく。あ、やっぱり散っちゃうんだ。でもこの行動規範と美意識には僕らは逆らえないのです。意地と見得で生きていくのです。震災後、改めてこの作品を見たのですが、生き抜くことと見得を切ること、その両立の難しさ、険しさを改めて思い知り、(詳細はまた別途記しますが)ああ、這いづってでも生き抜く逞しさを持つ女性と、すぐに見得張って(切るんじゃなくて)散ってしまう男性は、結婚して夫婦になって生きる意味がそこにあるのだなぁ、と思いました。はい、ええ、僕子供だからよくわかんないけど。
【深夜プラス1】
今年読んだ本ベスト1。詳細は以前のブログに書いたので割愛。
内藤陳さんへの敬意云々関係なく、この本は読了した瞬間にトップでした。合掌。
【文学部唯野教授】
筒井ファンとして、浪人時代、新刊で出たばかりの頃すぐに読みました。けど、その頃はまだ大学も知らず、教授という生き物がどのようなものか全く解らずに、いまひとつ面白みに欠けました。改めて大学を経て、現在も学術に関する場所で務めるものとして改めて読む。抱腹絶倒。あまり書くと僕の立場が大変な事になるので割愛します。ええ、割愛しますったら。詳しくは本著を是非。そして文学論は下手な専門書より断然わかりやすく詳細。さすが我らの筒井康隆様です。変態的天才的変態。
【炎の経営者】
いろいろと近縁ある化学工業の会社社長奮闘記。読んでる側も燃えます。経営とはこんなにも熱く苦しく、情熱的なものか。これがノンフィクションだというのだから恐ろしい。そりゃ高度に経済も成長するわけです。と他人事に傍観できないほど「お前は熱く世界に価値を生み出しているのか!?自分を信じているのか!?」を両肩を掴まれて揺さぶられてしまいます。
【女王陛下のユリシーズ号】
男シリーズ第4弾。今年はオトコの当たり年なんだなぁ。かなり有名な小説ですが、恥ずかしながら初見でした。600頁を超える中、登場人物は全て男男男。総勢?名全員オトコ。女性が一人も出てきません。そりゃ戦艦の中の話だから、乗組員だけなので当たり前といえば当たり前なのですが。でも、それゆえに読者に擦り寄るようなラブロマンスももちろんなし。あるのは極寒と敵襲と忍耐のみ。勝利の見込み不可能な作戦を言い渡されて、ただひたすら北海を行く三十三隻の英国艦隊。ドイツ軍に次々と撃破され、満身創痍の状態の中、最後に登場してくる独軍最強戦艦ティルピッツ号・・・と、少年漫画も真っ青な、困難に告ぐ困難のストーリー。手に汗握る、というか、手が凍傷になります。読んでて本気で寒くなります。因みに著者マクリーンの作品としては「ナヴァロンの要塞」も有名ですが、僕はどちらかというとこっちの方が好きです。
【台風クラブ】
三浦友和が三十代先生の役どころ。「先生、貴方には幻滅しました。」と歯向かう中学生に向かって「いいか、お前らも、オレぐらいの年になったら、こんな大人になっちまうんだよ!」
・・・前にこの作品を見たときは、中学生。今の僕は三十代後半。いろいろと痛い。痛すぎる。そして僕はまだまだ中学生に近い痛さと幼さを内包したままこの年になってしまった。思春期の映画ですが、僕はまだまだ思春期であり、中二病です。よーく見ろ。これが、死だ!
【先任将校】
更にオトコもの。というか軍艦モノばかり読んでる気がするな。今度は日本軍ですが。そしてユリシーズ号の時は極寒が敵でしたが、今度は飢餓。・・・人間にとっての最大の恐怖は飢餓と寒さと睡眠不足とはよく言ったものです。本当に怖い。そしてユリシーズ号同様、将校の統率力と機転でなんとか生き延びるその姿は、生きるとは何か。組織とは何か。を十分に教えられます。統率力とは即ち人間性なのですね。
【鷲は舞い降りた】
深夜プラス1とこの本が並ぶと、誰の影響を受けてるかすぐわかってしまいますね。台風クラブ同様、これも昨年以前に読んだ再読ものですが。改めて読んでもやはり素晴らしい。英国軍ものを読んだ直後に今度はドイツ軍が主人公。主人公シュタイナのヒーローぶりは少し美化されすぎたきらいもありますが、何より活かしているのがアイルランド解放軍のリーアム・デブリン。深夜プラス1の副主人公ハーヴェイ・ロヴェルと並ぶサブヒーローです。ラブロマンスや美味しい台詞を全部もってっちゃってます。そうそう、こちらの作品はラブロマンスあり、危機につぐ危機あり、英雄譚あり、最後のどんでん返しあり、と、読書の楽しさてんこ盛りです。これこそエンターテインメント。
【Cutting Edge】
番外編。映像編集で少しでもメシを食った事があるモノとして。
これはバイブルです。編集とは何か。カットとは何か。全てはここに描かれています。
ペキンパーの作品を、キューブリックの作品を見て、編集の妙に感動した上、この作品を見ると、衝撃波を受けます。
・・・
以上10作品(プラス1)。それ以外にも「ソーシャルネットワーク」「虐殺器官」「クリムゾン・タイド」「ロンメル将軍」「言語姦覚」「若き数学者のアメリカ」・・・いろいろとトップ10に入れたいものがありました。またぼちぼちブログで紹介していきます。
今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
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2011年12月27日
今日でサイト開始から十二周年。
1999年12月26日、僕はこのサイト「RoyalScam」をはじめました。
それから12年、よくまあ飽きずに続けてこられたものです。おめでとうありがとういやもうどういたしまして。
誰が読んでるかまるで気にせず、時に「読んでますよ」と言われたらうろたえ、「え、そんなサイトやってるんですか?」と言われたら寂しくなり、SEOもコンテンツ充実も一切気にせず僕の20代後半からの不埒放蕩三昧をただただ垂れ流すだけのサイト。時代はテキストサイトからブログ、Twitterを経てソーシャルメディアへ。僕はただひたすらぐちぐちとこの場を離れず書きなぐるだけ。
人間の一生なんてほんの数メガバイトにしかならないものなのですね。スーパーファミコンのカセット一つに入ってしまいそうな僕の半生。
12年、干支まるごと一つ分です。その間なにやったかとかもう振り返るのすらやりたくない。
明日に向かって這いずり回るのみです。生き抜くよ。
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